百武彗星が残したもの

槇 納 智 裕



 1996年の春、文字通り「彗星の如く」現れ世界中の人々をアッと言わせた百武彗星、すごかったですねえ。私は彗星を見たこと自体が初めての経験のこともあり、この驚きと感動を紙面で表すことはとても出来ません。これを読んでいる皆さんも多分同感てしょう。そして百武彗星は私と私の周りの人たちに色々なものを残していきました。そこで今回は「私の周りに百武彗星が残したもの」について考えてみたいと思います。

  1. 天文に興味のある人たちに残したもの
     「推定光度2等級の肉眼彗星現れる!」「最接近時の観測条件は最良!」
     百武彗星に関する予報は全てが天文ファンを期待させるには十分な物ばかりで、ついには最接近の2日前に旭天の仲間3人と天候に恵まれた帯広近郊にまで遠征しました。そこで見た百武彗星は予報で言われた「アイラス・荒貴・オルコック彗星に似た姿」とは大きくかけ離れた肉眼でも見える長い尾を従えた立派な「ほうき星」で、その神秘的な姿に時が経つのも忘れて見惚れてました。その姿と同じくらい印象的だったのが、百武彗星最接近直後の旭天の例会での私も含めた会員の興奮に沸き返った姿です。共通の素晴らしい趣味と仲問を持つことが出来た喜びと充実感は「星が好きでよかった!」と実感出来る物でした。百武彗星は「天文に対するさらなる興味と意欲」そして「仲間であることの喜びと絆」を深めくれたのではないでしようか?

  2. 天文に興味が無かった人たちに残したもの
     3月後半の最接近が近づくと連日のマスコミ報道のおかげで、天文に全く興味の無い人でも百武彗星は興味の対象となり、私の所へ質問に来るほどまでになりました。「槇納君、百武彗星って夕方によく見える明るい星のことだよねえ。」「あのぉ、それは金星です…。」「槇納君、百武彗星ってテレビ報道の様には見えないよ。」「係長、昨日は曇ってました……。」「槇納君、北斗七星ってどこにあるの?」「…。それなら私が皆さんにお見せしましよう!」ってな訳で私の職場の仲間と再び帯広近郊へ観望ツアーに出かけたほどのフィーバーぷりです。
     天候にも恵まれ、夜半過ぎには長い尾をなびかせた百武彗星の姿を職場の仲間と共に満喫することが出来、全員の顔は満足感に溢れてました。百武彗星は天文現象の素晴らしさを職場の仲間に知らしめただけではなく、「光害」と言う人間本位の社会が生んだ弊害を実感することにより、日頃「土木行政」に携わる私と職場の仲間にも「人間生活と自然のバランス」を再考させる良い機会を残してくれました。

  3. 私に残したもの
     百武彗星が現れるまでは私の天文の趣味は、昨年のタイ日食遠征のこともあり、変人扱いされてました。特に新月の晴れた日には残業をしないことから「逆オオカミ男」とのアダ名を付けられる始末でした。しかし百武彗星観望ツアーのおかげで立派な趣味として認知きれました。また帯広近郊の遠征時に写真を撮影してみたら思いの外に良く撮れてたので「これなら俺にも出来るべや!」ってな訳で写真撮影を始めてしまい、新しい望遠鏡まで買ってしまいました。(しかし今は難しいと実感…)百武彗星は私に逆オオカミ男の誤解を解消してくれる機会と、膨大な借金を残して宇宙のかなたへ飛び去って行ったのでした。

  4. おわりに
     ほうき星は「不吉な星」とよく言われますが、そんなことは無かったと思います。こうなったら次なるヘール・ボップ彗星にも大ブレイクしてもらいたいものです。そしてこれらの追い風に乗って天文ファン、すなわち私たちの仲間が1人でも増えることを期待して止みません。
     最後に帯広近郊への遠征時に、超多忙にもかかわらず御世話になりました野田氏に書面をかりて謝意を表します。

1996.3.23の百武彗星

1996.3.23の百武彗星


会報”旭天”
星と旭川天文同好会の部屋