生で見ました……部分日食の感想

笹 野 祥 子



 1997年。 3月9日。午前9時過ぎ。
 旭川は小さな雪が降り続いている。(天気予報では吹雪マークが出ていた)家の中よりも明るいのに太陽は見えない。これは「雪あかり」なのだ。
 BS11・皆既日食、モンゴルのダルハンからの生中継放送をビデオにいれ、かつ見ながらも外の天 候を気にしている。外に出て玄関前に積もった雪を東の空を見上げながらも、足は黙々と辺りの雪を踏んづけている。ちよっと落ちつかないのです。
 中継を見たり、外に出たりを繰り返している内、9時45分。
 雪雲の合間から、すっかり部分日食が進んでいる太陽が見えた!!この時間はモンゴルの現地では皆既日食の最中でしょうか。
 ホゥ…まるで鏡に写った下弦の月の様に、太陽の食がそこにある。
 10時過ぎ、流れの速い雲の切れ間には、かなり食が進んできた太陽の周囲が朧気に、薄くほんのりとしたベビーピンクから淡く柔らかなベビーブルーの色彩を放っている光景に、人工的では味わえない天然の色の美しさに魅了されて、雪がさらさらと体中に降りかかるなか淡々と見とれておりました。
 何度も家の中と戸外を往復して細くなってゆく太陽を観望していて、不思議な事に2度程、鮮明な状態から一瞬ボワーっと太陽光が膨張しておもいっきり輝いたのと、その反対に雲間から現れる時に、円形に光がドバーっと放出して輝き、サイダーの泡がひくようにシュワーっと太陽の出ている部分に戻っていくのはすんごいですよね。
 その壮観さに「愛と慈しみ」を感じたのは私だけでしょか? ちなみに普通のサングラスをかけて、生でみていました。
 思いおこせば、1992年12月24日の部分日食の時、午前8時12分から午前8時57分迄観望した際にも 周囲の色彩が薄いスミレ色とグレーを混合したような雲に染まって、部分日食中の太陽の光輝がリズムをうち脈動している、という趣を味わったのでした。その時は光が純白色ギラギラで、赤と緑の光輪が見えた。と私の「宇宙ふれあい日誌」に書き留めてありました。
 1995年の時のは、感想を記録した資料が見つからずにいます。
 何故か毎回「1人で悦楽してしまう」のが妙なのですが。
 今度は誰か一緒に誘って下さるお仲間が現れないかしらと願望をこめつつ、たくさんの天文ファ ンの期待のあれこれをのみこんで昼過ぎ、眩しすぎて形も分からないほど元気な太陽は、堂々と地上を照らして居た。そこには吹雪も厚くたちこめていた雪雲も姿を消しておりました。フゥー。
 気を揉ましてくれた分いつまでもその印象は心の映像となつて残ります。
 それにしても、人間の理論はややもすると虚しさを呼び起こすが、自然と宇宙の偉大なる優しさに包まれて・ ひとつの天体ショーは静寂の内に完了致しました。
 ありがとうございました。太陽様。

〈ヘール・ボップ彗星スケッチ〉 〈ヘール・ボップ彗星スケッチ〉到立視野
1997年3月22日土曜日19時45分〜20時
方向  北西 カシオぺアの近く
高度  ≒15°
月有  月齢13
使用機材 望遠鏡C−11EX
双眼装置をつけての観測
周囲の状況
 街の近郊、すぐ横 水銀燈の列
 北西に他の街燈数個有
 風ほとんどなし
            観測者 祥子




会報”旭天”
星と旭川天文同好会の部屋