今世紀最大のヘール・ボップ彗星を迎えて

会長 池 田   裕


 昨年勿然と見事な姿を現した百武彗星を観望できて、天文に興味を持ち、星に親しんで好かったと思った感動が未だ残っているこのとき、今世紀最大と言われるへ一ル・ボップ彗星(以下H・B彗星)が期待していた以上の雄姿を見せてくれたのに接し、こんな贅沢が許されて良いのかなと言う思いです。

 私がこの眼で彗星の姿を見ることが出来たのは、1957年5月に札幌から引っ越しの準備中、末だ光害のない玉葱畑の北西の空に長く尾を引いたアラン・ロラン彗星が初めてでした。次は1969年に屋上からパルプ工場の煙の近くで見えたウエスト彗星ですが、印象は希薄です。屋上のスライドルーフの観測所に三鷹の20cm反射赤道儀を据え、未だM13などの導入ができ、天体観望を楽しんでいた1986年、75.7年の周期で戻ってきたハレー彗星を、同好会の先輩で彗星を発見された業績をお持ちの土屋さんからお誘いを頂き、堂本前会長さんと一緒に当麻で観望、ツァイスの7 X 50双眼鏡の見え味に喜び、移動された20cmの赤道儀に105ミリ付ニコンFを同架して頂き撮影することが出来たのは幸いでした。昨年の百武彗星は幸いハレー彗星をオーストラリアまで行って見てきた三男が、医大歯科口腔外科に勤務、車がありますので、当麻、鷹栖に移動、 3月24日は好条件に恵まれエメラルドグリーンのコマと驚く程長大なテールの見事さを堪能できた一刻は忘れません。

 市民天文講座で阿久津さんがH・B彗星の予報を語られた際、「余り騒ぐと彗星は立派にならないというジンクスがある」という言葉に一抹の不安と期待を持っていましたが、今世紀最大の噂通り、光度もマイナス1.7等と明るく、立派なダストテール、イオンテールが見られたのは幸いでした。初めてH・B彗星の雄姿を観望できたのは、明け方はつらいので見送り3月20日の江丹別でした。ヘール・ボップ彗星と流星初めて持ち出した宮内の10cm双眼鏡でシャープで明るいコマに何か構造物があるように見え、ダストテールが熱帯魚のべ一ルテールグッピーの様に右下がりに湾曲しているのも面白く見えました。会の皆さんが撮られた百武彗星の見事な像に刺激され、修理不能になったFTNの代わりに石川さんの薦めで用意したニコンFM2・Tボディに標準50ミリF1.4と35ミリF1.4を付け、フジカラー1600で固定撮影で行くことにしました。プリントした結果、ブルーのイオンテールが見事に出ていて、 3月例会でも好評でしたので気をよくして、今まで敬遠していた撮影にも身を入れることになりました。

 笹野さんのアドバイスで撮影地を和寒に移動、近日点通過後の4月4日、雪原の山並みの上空に輝く雄姿に見とれながら次々とシャッターを切った一枚に、丁度大彗星を歓迎する花火の様に流星が写っていたのがあったのは幸いでした。また広角で撮ると入る地上の風景、江丹別のクラシックな電信柱(昔は電柱をこう呼んでいました)と電線、松の木のシルエットなどが、この彗星の大きさと見事さを引き立てている様に感じて面白いと思っています。

 私達の会では3月30日例会後、棋納さんのお世話で南富良野など3か所を候補地に移動観測会を行う予定で集まりましたが、生憎の荒天で中止、最後までがんばった方々と残念会をやりました。4月4日〜6日の3日間、プラネタリウムでの解説後、天文台の15cm屈折と会員の双眼鏡、望遠鏡を石狩川堤防に並べ観望会を開き、800人近くの親子連れなど市民が集まりました。阿久津さんの天文講座、マスコミに再三の写真人りの記事が出たこともあり、環境庁の要請もあったライトダウン、会場付近の水銀灯の消灯など配慮して、悪条件下であっても百武彗星の時よりは自分の目でコマとテールの一部を確かめた市民の多かったことは喜ばしいことと思います。

 また4月中旬から青少年科学館で天体写真展が開かれ、同好会員ばかりではなく道内から奇せられたH・B彗星の見事な写真が展示され、改めてその雄姿を楽しんで頂けることと存じます。 今年も会員の皆様が益々お元気で、天文ライフを楽しまれることをお祈りいたします。


「H・B彗星と流星」
1997年4月4日 20特20分
二コンFM2・T 二ッコール35ミリ 開放 20秒 フジカラースーパーG1600
撮影地 和寒町


会報”旭天”
星と旭川天文同好会の部屋